ほかのブログのやつと飲んできた

ブログマーケティング勉強会のオフ会に誘われたので、初めて出席してみた。違うブログのやつらと飲むのは初めての経験である。

そこで実感したのは、偏差値が低いブログサービスを使う奴ほど低レベル、ということだ。こんなこと書くとまた「はてな中華思想に毒されている」などと言われるかもしれないが、しかし低偏差値のブログほど低レベルな奴の割合は確実に高いと感じる。

いつも私がはてなのオフ会に参加するとき、そこでは酒を交えながら普段のホッテントリの感想やベータ時代の思い出話、最近だと日本の政治の話や宗教の話などをする。「加野瀬教授の意見と終風翁の意見って、かなり対立するものだけれど、どうなのだろう」とか、そういった話もすることがある。しかし低偏差値のブログを使う彼らの飲み会は、そもそも会話というものが存在していない。彼らの言う「ノリ」で何かをすることを楽しみ、知的な側面は全く感じられない。くわしくをkwsk、漫画をmngと書くような「アルファベットの子音のみで単語を記述する」ことに快楽を覚え「お前それエスイーオーじゃね?エスイーオーエスイーオー!」「お前のほうがエスピーエーエムだぜ!」などと、何がおもしろいのか全く分からない「会話」を繰り広げていた。彼らはそれが楽しいらしいが、おれとしてはちっとも楽しくない。

旧友がよく「はてなのやつはなんだかんだいって会話水準が高い」「どんなにチャラチャラしたCSSのやつでも、きちんとした思想や観念を持っているやつが多い」などと言っていた。自分としてはっきりそれを自覚することはほとんどなかったが、しかし他ブログのこうした現状を見る限り「確かにそうだ」と感じる。私から見たらオフ会で「知的な」会話に興じることはかなりの娯楽なのだが、彼らにとってはそれは「酔っていなくてもそんなことは話さない」レベルの高度な会話であるらしい。そして、私のような存在はかなり珍しいようだ(はてなでは一般的なのだが…)。

「使っているブログサービスで人を判断するのは良くない」とよく言う。しかし、個人的な経験を踏まえれば、ブログサービスは個人を判断するための一つの指標になりえてしまうと私は感じる。「アメブロでも無駄な改行と絵文字を使わずに中身のあることを書いている人もいるのだから、使っているブログサービスで人を差別してほしくない。個性豊かなやつはどこにだっている」とよく言われるが、そもそも文章の勉強すらできない、ブログを書く上での基礎的な知識すらあやふやな人間のどこに個性やオリジナリティが存在するのだろうか?それともオフ会で下らないアルファベット列を考えるのが「個性」なのだろうか?ブログは人の精神性をも示してしまうのではないか、と強く感じるのであった。

同じはてなの連中のなかに「AMNに参加したい」というやつが結構いる。ブログ潰し屋によるアルファブロガーバッシングが激しく行われている中、ブロゴスフィアの中枢でマーケティングに携わりたいと考える人間がまだまだ多いことは一定の安心感を私に与えてくれたのだが、その中には「あんな馬鹿共と同じブログと一緒にされたくない」という意思を持っている者も多いようだ。「選民思想だ」といって批判する人間も出てくるだろうが、こちらとしてはそう思っても仕方ない状態が多くの局面で見られるのである。

それにしても日本は人気ブロガーに対する待遇が悲惨だ。なぜアルファブロガーアフィリエイト収入と一般企業のアルバイトの時給を比べ「アルファブロガーの不労収入は高いですねえ…」というのだろうか。アルファブロガーの奴らは民間就職したとしてもその時にその分野でもっとも繁栄している企業ニートにしか就職しない。そのような優良企業の月収とアルファブロガーの月収を比較しないと意味がないだろうに。なにはともあれ、「AMNは他のネット企業の人間よりも年収が劣っているのに、なぜアルファブロガーになりたいという人間が一定数いるのか」という命題に対しては、この「ブログと精神性の比例関係」も一定の影響を及ぼしているに違いない。

追記

元ネタはこちら

ほかの大学のやつと飲んできた
http://anond.hatelabo.jp/20070801020618

オフ会行ってないし、偏差値の低いブログサービスなんて思ってませんからね、念のため。